かなり前の話。五月中旬頃、高円寺散策2日目。馬橋稲荷神社から妙法寺を目指して歩いていると大きな公園があったので少々休憩をした。
緑がいっぱいで水が流れていたり、気持ちの良い公園であった。都内って、大きな公園が充実しているイメージだな。
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広大な敷地に圧倒された。たくさん写真を撮ったけど、少しだけアップロード。
山門をくぐり
狛犬さん 体格は力強いけど表情は和み系。
本堂 ずっと眺めていられそうな美しいお姿。各々のお堂前に絵葉書が置いてあり、「妙法寺の中核となる御堂である。本尊を祀る御堂なので本堂と言う。・・・(後略)」と言う感じに、説明が書いてあるのはありがたい。
二十三夜堂 「良縁と財運の利益をもたらすとされる二十三夜大月天王と言うお月さまをお祀りしている・・・。」
子供を背負う狛犬さんが可愛い。
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祖師堂 「やくよけのおそっさま」(750年ほど前、日蓮聖人が自ら入魂した御尊像)を御安置する御堂。
丁寧に手入れされたと思われる美しい敷地内であった。ベンチで佇む人などもいた。また違う季節に歩いてみたい。有名なデザイナーがデザインしたという門の写真は撮り忘れてしまった。
2日連続で散策した高円寺は、商店街は有名で何度か足を運んだ事があったけど、それ以外は初めてかな。阿佐ヶ谷とか、再度、足を運んでみたい。
緑がいっぱいで水が流れていたり、気持ちの良い公園であった。都内って、大きな公園が充実しているイメージだな。
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次に、妙法寺でお参りした。
元々は真言宗の尼寺であったが、1615年 - 1624年(元和年間)日逕上人は、母・日圓法尼の菩提のため日蓮宗に改宗した。山号は日圓法尼に因み日圓山とし寺号を妙法寺とした。初めは碑文谷法華寺の末寺となったが、1698年(元禄11年)碑文谷法華寺は不受不施派の寺院として江戸幕府の弾圧を受け、改宗を余儀なくされた結果、身延山久遠寺の末寺となった。このころ碑文谷法華寺にあった祖師像を譲り受ける。日蓮の祖師像が厄除けに利益(りやく)があるということで、江戸時代より多くの人々から信仰を集めている。現在でも、厄除けなどの利益を求め、多くの人が参拝に訪れている。古典落語「堀の内」の題材にもなるなど、街の顔にもなっている(wikipedia)。
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広大な敷地に圧倒された。たくさん写真を撮ったけど、少しだけアップロード。
山門をくぐり
狛犬さん 体格は力強いけど表情は和み系。
本堂 ずっと眺めていられそうな美しいお姿。各々のお堂前に絵葉書が置いてあり、「妙法寺の中核となる御堂である。本尊を祀る御堂なので本堂と言う。・・・(後略)」と言う感じに、説明が書いてあるのはありがたい。
二十三夜堂 「良縁と財運の利益をもたらすとされる二十三夜大月天王と言うお月さまをお祀りしている・・・。」
子供を背負う狛犬さんが可愛い。
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祖師堂 「やくよけのおそっさま」(750年ほど前、日蓮聖人が自ら入魂した御尊像)を御安置する御堂。
丁寧に手入れされたと思われる美しい敷地内であった。ベンチで佇む人などもいた。また違う季節に歩いてみたい。有名なデザイナーがデザインしたという門の写真は撮り忘れてしまった。
2日連続で散策した高円寺は、商店街は有名で何度か足を運んだ事があったけど、それ以外は初めてかな。阿佐ヶ谷とか、再度、足を運んでみたい。
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